2018年1月13日土曜日

証人尋問詳細決まる

札幌訴訟

2月16日(金) 喜多義憲氏(元道新ソウル特派員)13:30-15:30
3月23日(金) 植村隆氏、櫻井よしこ氏 10:30-17:00

証人尋問が行われる次回法廷をどう開くか、注目の進行協議が札幌地裁で1月11日開かれた。協議の結果、原告側が証人申請していた喜多義憲氏(元北海道新聞ソウル特派員)の採用が決まった。被告側は西岡力氏(元東京基督教大学教授、「植村裁判東京訴訟」の被告)と秦郁彦氏(歴史学者)の2人を申請していたが、裁判所は2人とも認めなかった。
証人尋問は札幌地裁で2月16日午後1時半から行われる。証人申請した側が行う主尋問が30分、被告側の反対尋問が60分の予定。

また証人尋問の次に予定されている当事者尋問の詳細も決まった。3月23日午前10時半から午後5時までの終日。午前中は植村さんへの主尋問(60分)、午後からは植村さんへの反対尋問(90分)があり、その後の櫻井よしこ氏への被告側主尋問は30分、反対尋問は60分とされた。

■西岡力、秦郁彦両氏の申請は認めず
この日の進行協議について、植村弁護団の小野寺信勝事務局長は、同夜に開かれた「植村裁判を支える新春の集い」で、「前回の進行協議でも裁判所は被告側申請の2人とも認めなかった。今日の協議では西岡氏だけでも採用を、と主張したが、裁判所はこれを一蹴した。ほかにも被告側の細かい抵抗はあったが、裁判所はその主張をすべて排斥した。採用された証人は、私たちが申請した喜多さんただ一人だった」と語った。

また、これからの展開について、「証人尋問と当事者尋問が裁判のヤマ場。尋問を受けて、最終書面を結審のときに出す。おそらく5月か6月ぐらいに結審。判決は9月か10月、秋ぐらいに出ると思う。今年は植村裁判のまさに正念場。みなさんの運動や裁判活動が結実する重要な年になる。裁判は佳境を迎えており、みなさんのもうひと踏ん張りの支援をいただきたい」と話した。

■この戦いは五分五分を超えた!
喜多氏だけが証人採用されたことには大きな意味がある。
弁護団共同代表の伊藤誠一弁護士は次のように話し、「新春の集い」を締めくくった。
裁判所は論点ごとに、どちらの主張に説得力があるか、証拠に照らして検討していく。紙ベースでは西岡論文など被告側からも多くの書面が出ているが、法廷での証言も、重視される証拠となる。第三者の喜多さんは、事案にふさわしいことを証言できる証人だ。喜多さんだけを採用したことは、他の人の話は聞く必要がないということ。裁判所は櫻井氏らの行為が名誉棄損かどうか、西岡氏らの話を聞かなくても判断できるとしたことを意味する。ここまでの戦いは五分五分を超えて、植村さんの主張が裁判所に受け入れられていると感じる」
問題はこれからだ。当事者尋問で植村さん、櫻井氏が法廷で自分の言い分を述べるのは当たり前のこと。陳述の矛盾を突いて反対尋問がなされるが、それで崩れるようなら2人ともダメだ。勝負はそこ(当事者尋問)ではない。傍聴している人たちが納得できるような喜多さんの話を、証人尋問で引き出せるかどうかだ」
「私たちが喜多さんを証人として連れて来ることができたのはどうしてか? 弁護団が100人もいるからではない。証言したあと攻撃されるようなところへ誰も腰を上げたりしない。この裁判を支えていてくださる皆さんがいるから、喜多さんも勇気を出して来てくれる。みなさんが彼を後押ししてくれた。その点でも植村裁判は意味のある訴訟だと思う。今年はヤマ場です。よろしくお願いします」

text by H.H

「新春の集い」は北海道自治労会館で午後6時過ぎから始まり、約70人が参加した。秋にも地裁判決が出る見通しになった正念場の年。「植村裁判を支える市民の会」の上田文雄共同代表の音頭で乾杯の後、裁判報告、植村隆さんの飛び切り元気な近況報告、弁護団への「何でもあり質問」などの2時間余、なごやかで、熱い集会が続いた。
2018年1月11日、植村裁判を支える新春の集い

2018年1月8日月曜日

コンサート反響続々

「植村隆さん支援・新春トークコンサート」に参加した弁護士の澤藤統一郎さんと東京造形大学教授の前田朗さんが、それぞれご自身のブログで感想を書いています。当日の会場の様子とステージの内容を伝える文章からは、おふたりの植村裁判への熱い思いと、ともに闘う強い決意が伝わってきます。その全文を以下に転載します。

澤藤統一郎
植村隆バッシング反撃訴訟の今日的な意

本日(1月6日)は、世田谷・成城ホールでの植村東京訴訟支援企画・「2018新春トークコンサート『忖度を笑う 自由を奏でる』(主催:植村訴訟東京支援チーム)に出かけた。招待券は1枚で、妻の席は当日券でのつもりだったが、400席が文字どおりの満席。暮れにはチケット完売で、電話予約も断わり、「当日券はありません」という事前のアナウンスもされていたそうだ。事情を知らず一時は入場を諦めたが、スタッフの厚意で何とか入れてもらった。

実感として思う。従軍慰安婦問題への世の関心は依然高いのだ。いや歴史修正主義者であるアベの政権のもと、従軍慰安婦問題は戦争の加害責任問題として忘れてはならないという市民の意識が高まっているのではないか。戦争の記憶継承の問題としても、民族差別問題としても、また報道の自由の問題としても、従軍慰安婦問題は今日的な課題として重要性を増している。
考えてもみよ。安倍晋三を筆頭とする右派勢力は、なにゆえにかくも従軍慰安婦問題にこだわるのか。その存在を隠そうとするのか、報道を押さえ込もうとするのか。メディアでも、教育でも、かくも必死に従軍慰安婦問題を封印しようとしているのか。

まずは、過ぐる大戦における皇軍を美化しなければならないからである。神なる天皇が唱導した戦争は聖戦である。大東亜解放の崇高な目的の戦争に、従軍慰安婦の存在はあってはならない恥部なのだ。大義のために決然と起った皇軍は、軍律正しく、人倫を弁えた存在でなくてはならない。だから、南京大虐殺も、万人抗も、捕虜虐待も、人体実験も、生物兵器の使用も、毒ガス戦も、すべては存在しなかったはずのもので、これがあったとするのは非国民や反日勢力の謀略だということになる。女性の人格を否定しさる従軍慰安婦も同様、その存在は当時の国民にとっての常識だったに拘わらず、あってはならないものだから、強引にないことにされようとしているのだ。

このことは、明らかに憲法改正の動きと連動している。9条改憲によって再び戦争のできる国をつくろうとするとき、その戦争のイメージが恥ずべき汚れたものであっては困るのだ。国土と国民と日本の文化を守るための戦争とは、雄々しく、勇ましく、凜々しいものでなければならない。多くの国民が、戦争といえば従軍慰安婦を連想するごとき事態では、戦争準備にも、改憲にも差し支えが生じるのだ。

本日の企画は、トークとコンサート。トークが、政治風刺コントで知られるパフォーマー松元ヒロさんで、これが「忖度を笑う」。そして、ピアニスト崔善愛さんが「自由を奏で」、最後に植村さん本人がマイクを握った。「私は捏造記者ではない」と、経過を説明し、訴訟の意義と進行を熱く語って支援を訴えた。熱気にあふれた集会となり、聴衆の満足度は高かったものと思う。
宣伝文句は、「慰安婦問題でバッシングされている元朝日新聞記者、植村隆さんを支援しようと、風刺コントで知られる松元ヒロと、鍵盤で命を語るピアニスト・崔善愛(チェソンエ)がコラボします。『自粛』や『忖度』がまかりとおる日本の空気を笑い飛ばし、抵抗のピアノに耳を傾けましょう。」というものだが、看板に偽りなしというところ。

ところで、植村隆バッシングに反撃の訴訟は、東京(地裁)訴訟と札幌(地裁)訴訟とがある。東京訴訟の被告は西岡力東京基督教大学教授と株式会社文藝春秋(週刊文春の発行元)に対する名誉棄損損害賠償請求訴訟。次回、第11回口頭弁論が、1月31日(水)午後3時30分に予定されている。

札幌訴訟は、櫻井よしこ、新潮社(週刊新潮)、ワック(月刊Will)、ダイヤモンド社(週刊ダイヤモンド)に対する名誉棄損損害賠償請求訴訟。次回第10回口頭弁論期日が、2月16日(金)午前10時に予定されている。

植村「捏造記者説」の震源が西岡力。その余の櫻井よしこと各右翼メディアが付和雷同組。両訴訟とも、間もなく立証段階にはいる。
植村従軍慰安婦報道問題は、報道の自由の問題であり、朝日新聞問題でもある。朝日の従軍慰安婦報道が右派総連合から徹底してバッシングを受け、担当記者が攻撃の矢面に立たされた。日本の平和勢力、メディアの自由を守ろうという勢力が、総力をあげて植村隆と朝日を守らねばならなかった。しかし、残念ながら、西岡・櫻井・文春などが植村攻撃に狂奔したとき、その自覚が足りなかったように思う。

いま、従軍慰安婦問題は新たな局面に差しかかっている。2016年年12月28日の「日韓合意」の破綻が明らかとなり、「最終的不可逆的」な解決などは本質的に不可能なことが明らかとなっている。被害の深刻さに蓋をするのではなく、被害の実態を真摯に見つめ直すこと。世代を超えて、その記憶を継承し続けることの大切さが再確認されつつある。このときに際して、植村バッシング反撃訴訟にも、新たな意味づけがなされてしかるべきである。

本日の集会の最後に司会者が、会場に呼びかけた。
「皆さん、『ぜひとも植村訴訟をご支援ください』とは言いません。ぜひ、ご一緒に闘ってください」
まったく、そのとおりではないか。
201816日)

前田朗■
立ち上がる勇気をくれた人々

「新春トークコンサート 忖度を笑う 自由を奏でる」(成城ホール)に参加した。
Ⅰ部 松元ヒロ ソロライブ
Ⅱ部 崔善愛 ピアノ独奏
Ⅲ部 植村隆✕崔善愛✕松元ヒロ

Ⅰ部はパントマイマー&コントの松元ヒロによるソロライブ。政治情勢を取り上げ、定番の「憲法くん」を演じた。<ザ・ニュースペーパ>結成が1988年だから、私はまもなく、30年、ザ・ニュースペーパーや、松本ヒロのソロライブを楽しんできたことになる。

Ⅱ部は崔善愛によるショパンの演奏であった。崔善愛の指紋押捺拒否の闘いも30年の歴史を刻む。演奏はショパンの、幻想即興曲嬰ハ短調、ノクターン嬰ハ短調<遺作>、バラード第1番ト短調、別れの曲ホ短調。最後は別れの曲だが、出会い直すための別れの曲だろう。この社会を編成し直すための別れの曲であろう。

Ⅲ部は座談会の予定だったが、植村隆の事件報告で時間がほとんどなくなった。「慰安婦」報道に難癖をつけられ、ネット上でさらし者にされ、猛烈な攻撃の中、家族への危害まで心配しながら、苦悩の日々を送らざるをえなかった植村自身の事件報告である。激流に翻弄されながら、過去の報道記録を徹底的に明らかにし、裁判闘争に打って出た植村の闘いである。
植村の慰安婦取材、政治家やメディアによる歴史修正主義の跋扈、そして植村バッシングの歴史も、同様に30年の出来事である。

安倍晋三の歴史攻撃、自由主義史観研究会に始まる歴史偽造、教科書攻撃、NHK番組改ざん事件、朝日新聞叩きも、30年の歴史になろうとしている。この30年の逆流の激しさをいまさらながらの思いで振り返った。
過去の侵略戦争と植民地主義の事実を抹消し、加害者と被害者を抹消し、新たな戦争策動に励む安倍政権に代表される日本政治と社会の腐敗はあまりにも深く進行している。愛国主義、軍国主義、排外主義、対米従属、嫌韓嫌日、ヘイト・クライム、ヘイト・スピーチの日本の歴史と誇りを掲げる反知性主義。その先は、2018年の明治150年、天皇生前譲位、そして2020年の東京オリンピックと憲法破壊である。
こうした流れの中に、植村隆の裁判闘争がある。事実を伝え、自由と平等を追求し、ヘイト・スピーチのない社会をつくるために立ち上がる勇気を、植村隆✕崔善愛✕松元ヒロの3人が教えてくれた。二次会懇親会でも、社会を壊し、民主主義を壊死させる反知性主義との闘いの厳しさと、必然性を、そして敢然と立ち向かう決意をジャーナリストたちが語ってくれた。
201816日)

※写真は、トークコンサートで報告する植村さん(1月6日、東京・成城ホール)





2018年1月7日日曜日

東京新春コンサート


「2018新春トークコンサート」が1月6日午後、東京・世田谷区の成城ホールで開かれました。年明けの催しにふさわしく、会場にはなごやかな空気と笑顔があふれ、約400人の観客(参加者)が松元ヒロさんのソロライブと崔善愛さんのピアノ独奏を楽しみました。植村隆さんは、「2018年の私の決意は①植村裁判勝利②河野談話の継承③ヘイトスピーチのない社会づくりに尽力」と語り、支援を訴えました。
会場はほぼ満席でした。前売りチケットが予想以上に売れたため舞台の手前にも臨時席を設けました。それでも当日売りを一時ストップするほどの盛況で、松元さん、崔さんの人気と植村さん支援の広がりをあらためて実感させる会となりました。
写真はいずれも1月6日、成城ホールで

コンサートには地元世田谷区の保坂展人区長からメッセージが寄せられました。自治体の現職首長からの植村支援メッセージは、上田文雄札幌市長(当時)に次いで2人目です。配布プログラムに掲載した主催者「ごあいさつ」と、この日のステージの圧巻、松元ヒロさんが朗々と諳んじた「日本国憲法前文」とともに、以下に掲載します。

メッセージ
 本日は、植村隆さんの裁判を支援する2018新春トークコンサートの盛会を心よりお祝い申し上げます。本日のトークコンサートから、植村隆さんの裁判の支援の輪がさらにひろがるようご祈念いたします。
 取材をした事実を報道したことを「捏造」と決めつけ、報道した記者の家族まで巻き込み、インターネット上で家族のプライバシーもさらし、匿名による「脅迫」をはじめとする陰湿で激しい攻撃と迫害をする行為が許される訳がありません。しかしながら、いまも陰湿で激しい攻撃と迫害は止んでいません。一刻も早い司法による救済が必要です。
 これからも、報道の自由、言論の自由が保障され、市民、メディアが委縮しない寛容な社会のために、私も市民の一人として、皆様とともに声をあげていきたいと思います。
 結びにここにご参集の皆様のご健康とご多幸を祈念いたしまして、連帯のメッセージとさせていただきます。報道の自由、言論の自由、民主主義を守るためにともに頑張りましょう。
  2018
16
  世田谷区長 保坂展人

ごあいさつ
 元慰安婦の記事を「捏造」と攻撃されて職を失い、家族も脅迫された植村隆さんが名誉回復の裁判を起こして3年余りになりました。皆さまのご支援を受けて、植村さんは言論でも法廷でも反論を繰り広げており、支援の輪は全国に広がっています。
 法廷では「(韓国人の)義母のお母さんの起こした裁判を有利にするために紙面を使って意図的なウソを書いた」(西岡力氏)、「真実を隠して捏造記事を報じたのは、義母の訴訟を支援する目的だった」(櫻井よしこ氏)などという被告の主張が、まったく根拠がないことが立証されました。
 しかし裁判は長期化が予想されます。
「言論テロ」の標的にされてきた植村さんが勝たなければ、日本の言論は萎縮して、慰安婦問題もタブーにされてしまいます。
 この危うい時代の空気を、笑い飛ばし、聴き倒しましょう。
  2018年1月6日
  植村訴訟東京支援チーム

日本国憲法 前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


2018年1月1日月曜日

謹賀新年メッセージ


植村隆
みなさま、あけましておめでとうございます。韓国カトリック大学の冬休みで、私は札幌の自宅に戻っています。雪景色の中で、2018年の様々な行事を想いながら、静かな闘志を燃やしています。
札幌訴訟では、3月に被告の櫻井よしこ氏、および原告である私への尋問が行われます。最大のヤマ場です。そして秋には、一審判決がでるとみられています。『全面勝訴』を告げるハタを札幌地裁前に掲げたいと思います。
東京訴訟も、これから正念場です。
みなさまのいっそうのご支援をお願いします。今年もどうぞ、よろしくお願いします。

七尾寿子(支える会事務局長)
札幌訴訟の第1回口頭弁論で、被告櫻井よしこさんは、訴状の論点に応えることなく自論を展開して、私たちを唖然とさせました。
それからほぼ2年、3月23日の尋問では、再び植村さんとの対決の時を迎えます。
これまで、会議を重ね続けてきた弁護団のみなさんと、地道な努力によって掘り起こした事実を寄せてくれた研究者の方々に感謝を申し上げます。
植村さんは、ソウル、札幌、東京と裁判で飛び回っています。各地の講演で多くの人々との出会い、裁判支援の広がりをいただいているだけでなく、萎縮の圧力を超えて連帯も深めていると思います。みなさん、秋に予定されている判決を「勝利」で迎えるため、これからもご支援ください。

植村訴訟東京支援チーム
植村裁判は法廷で、「義母の起こした裁判を有利にするために植村記者は記事を捏造した」という攻撃が、まったく根拠のない「推論」だったことを被告に認めさせました。札幌、東京、ソウルを飛び回ってきた植村さんと、支えてきた皆さんによる3年間の努力の結果です。しかし裁判は長期化しており、「言論テロ」も続いています。
自由な言論を守るためにも、元慰安婦の方の体験を次世代に語り継いでいくためにも、2018年も頑張りましょう。

※写真=冬の野幌森林公園 by M.HIGUCHI

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2018年これからの催しと裁判
1月6日、新春コンサート(東京・成城ホール)
1月11日、新春の集い(札幌・自治労会館)
1月31日、東京訴訟第11回口頭弁論(東京地裁)
2月16日、札幌訴訟第10回口頭弁論(東京地裁)
3月23日、札幌訴訟第11回口頭弁論、植村・櫻井両氏本人尋問(札幌地裁)


2017年12月28日木曜日

1、2月集会の講演

2018年1、2月に東京と札幌で開かれる口頭弁論後の報告集会の講師は、東京が望月衣塑子さん、札幌が池田恵理子さんです。演題と日時は次の通りです。いずれも、講演の前に、弁護団と植村隆さんからの報告があります。
■望月衣塑子さん(東京新聞社会部記者)
「記者への攻撃と報道の自由」
1月31日(水)16:00~17:30、参議院議員会館101会議室(予定)
■池田恵理子さん(女たちの戦争と平和資料館館長、元NHKディレクター)
「慰安婦」問題はなぜタブーにされたのか ~メディアと教育への政治介入の果てに
2月16日(金)18:30~20:00、札幌エルプラザ4階大研修室



2017年12月10日日曜日

原寿雄さんを悼んで

ジャーナリストの原寿雄さんが、11月30日に亡くなりました。
原寿雄さんは、高い識見をそなえ豊かな経験をもつジャーナリストとして、「負けるな北星!の会」の呼びかけ人に名を連ね、また、植村裁判が始まってからは東京地裁に意見書を提出し、植村さんと私たちを支えてくれました。
これまでのご支援に感謝を捧げ、ご冥福をお祈りします。


追悼 「良心を発動」の呼びかけ忘れずに伊藤誠一

弁護士、植村訴訟札幌弁護団共同代表

慎んで哀悼の気持ちを表明します。
原さん(お話を伺ったことなく、面識もございませんが、親愛の情からこう呼ばせていただきます)には、私が青年の頃より、日本社会の動きとジャーナリズムの実際が問われる場面で必ず、そのご発言を参照させていただいておりました。
戦中、戦後を俯瞰する長い時間軸にこの2つを定位させて関係を論じられる、あるべきジャーナリズム、ジャーナリストへの提言は、私のささやかな知の中に取り込ませていただきました。
2014年8月の朝日新聞による「慰安婦報道検証」とその周辺についての発言、「『良心的であればいい』ということで終わらず具体的な言動で『良心を発動し始めよう』と呼びかけたい」、「一人で行動するのが難しかったら、2、3人で集まるなどしてとにかく何らかの形で良心を発動させていく」(月刊「ジャーナリズム」2015年3月号)は、志あるジャーナリストに対する呼びかけですが、「社会正義を実現する」とその使命を法に規定された弁護士の現代社会との向き合い方について、強く響きます。
還暦を遠く過ぎた今日も座右の銘のごときを持てないできていますが、原さんのこの言葉は忘れないでいきたいと思っています。

追悼 勇気づけ支えてくれた大先輩植村隆

元朝日新聞記者、植村裁判原告、韓国カトリック大学客員教授

ジャーナリストの大先輩、原寿雄さんの訃報を聞き、大きなショックを受けています。
「もうお会いできないか」と思うと、悲しくてなりません。
原寿雄さんのことを知ったのは、いまから40年近く前、早大生時代でした。早稲田の古本屋で、「デスク日記」という本を見つけ、夢中になって読んだ記憶があります。原さんが、小和田次郎というペンネームで書いたものです。
デスクとは、新聞社で、記者の書いた原稿をチェックして、出稿する担当者のことを言います。そのデスク体験から、報道について洞察された記録でした。この本は新聞記者を目指す私にとって、とても参考になりました。そして、ますます新聞記者になりたいと思ったものです。
その後、朝日新聞の記者となり、原さんの他の著書も読ませていただきました。
お会いする機会は長らくなかったのですが、新聞記者の大先輩として、教えられることが多く、尊敬しておりました。
その原さんにお会いし、話をすることができたのは、植村バッシングがきっかけでした。1991年の慰安婦問題の記事をめぐって、2014年1月末発行の「週刊文春」で、「捏造記者」とレッテル貼りされ、激しいバッシングを受けていた私に、救いの手を差し伸べてくれたのが、原さんでした。
原さんと筆者(2014年11月)
その年の8月5日、朝日新聞は私の記事について、「事実のねじ曲げない」と「捏造」を否定したのですが、バッシングは収まりませんでした。朝日新聞の先輩である藤森研・専修大学教授が、とても心配し、原さんらジャーナリズム界の大先輩たち数人を前に事情説明をする機会をつくってくれました。そして、9月、私は東京で原さんたちに、資料を見せて、「捏造記者」でないことを詳しく、説明しました。原さんも理解してくれ、応援をしてくれることになりました。
原さんは、「自分の会社の記者が、『捏造記者』とされているのに、何で朝日は動かないのか」という趣旨の話を私にしてくれました。その怒りが、私の心に響きました。
その年の11月、東京でジャーナリズム関係者を前に報告する機会がありました。メディア総研の例会でした。原さんは一番前の席に座っておられました。その姿が、どんなに、私を勇気づけてくれたことでしょうか。この場が、東京での反転攻勢の大きな契機になりました。
ゆがんだ誹謗中傷の記事がどれほど多く書かれても、原さんが私を理解し、私の側に立っていてくれていることが、私にとって、大きな心の支えでした。そして、私を支援してくれるジャーナリストの仲間たちが、どんどん増えていきました。
原さん、ありがとうございました。
ご冥福を祈っております。
そして、私は日本のジャーナリズムを守るため、闘い続けます。

マケルナ会メッセージと植村裁判意見書

■原さんは、2014年10月6日に東京であった「マケルナ会」発足記者会見に、呼びかけ人のひとりとしてメッセージを寄せました。その全文です。

植村さんの勤務先である北星学園大学への脅迫に加え、娘さんに対するひどい脅迫めいたバッシングは、単なるヘイトスピーチではなく、明らかな犯罪だ。こういうことが見過ごされるようになったら、日本社会の自由な言論が封じられ、ものが言えなくなる。これは、大学の自治だけの問題ではなく、日本社会の大問題である。

■2015年12月には、東京地裁に植村裁判についての陳述書を提出しました。A4判2ページの簡潔な意見書です。その一部を掲載します。

陳述書 2015年12月11日
1 私の経歴(略)
2 ジャーナリズムにおける「捏造」の意味
ジャーナリズムの世界では、「誤報」「盗用」「捏造」がよく問題になります。「誤報」はある程度やむを得ない面がありますが、「盗用」と「誤報」は犯罪であり、真実追及を掲げるジャーナリズムの世界では許されないものです。

(1)「誤報」について(略)

(2)「盗用」と「捏造」について
「盗用」と「捏造」は、ジャーナリズムとしての「犯罪」だと思っています。「盗用」は著作権の問題がありますから、刑事告訴されてもやむを得ない。
「捏造」も(刑事罰はないとしても)、ジャーナリストとしては「犯罪」視すべきものです。「捏造」は「誤報」と違い、意図的に行われるものです。「捏造」の「捏」は捏ねる(こねる)という意味です。粘土をこねて何かを作りだすというのが「捏造」の意味なのです。
捏造記事といって、まず思い出すのは、伊藤律会見捏造事件(1950年9月27日付け朝日新聞夕刊)です。朝日新聞としては恥ずべき歴史的不祥事です。
消息を絶った日航機が三原山に衝突した事件で、事実は乗客30人全員が犠牲となったのに、長崎民友新聞は、「漂流して全員救助」の誤情報を受けて、「危うく助かった大辻伺郎」の見出しをつけて、乗客だった漫談家の話として「漫談の材料が増えたよ」という談話を掲載したということもあります(1952年4月10日付け長崎民友新聞)。
共同通信社でも、セイロン(現スリランカ)で失敗に終わった皆既日食観測を成功と報道してしまった例がありました。(1955年6月20日)。これは成功の場合と失敗の場合の予定稿を用意していたのですが、確認がとれず、英国観測隊が成功したとのセイロン放送に依拠して、“英国隊から僅か12キロの距離にいる日本観測隊も成功したはずだ”という在京の本社デスクの判断で記事を出してしまったというものです。記事の中には「喜びの瞬間、観測隊長は胸から手帳が落ちたが拾おうとしない」云々と、あたかも見てきて記事を書いたような脚色があるので、これは「捏造の一種」でしょう。捏造は意図的である点で悪質です。
「捏造」を行った記者は、読者、視聴者への背信として、懲戒処分(場合により懲戒解雇)を免れません。それほど「捏造」の罪は重いのです。

3 植村さんの問題について
「捏造」は犯罪であり、「捏造記者」と言われることは、ジャーナリストとしての「全人格の否定」です。最大最高級の侮蔑、と言ってもいいでしょう。
ジャーナリズムの使命は、真実の報道ということです。「捏造」は意図的に真実でないことを報道するのですから、ジャーナリズムの使命を真正面から否定することです。
「捏造記者と呼ばれるより三流記者とか御用記者のほうが、名誉毀損度は高い」と言う人もいるそうですが、そうではありません。「三流」とか「御用」というのは評価の問題です。「捏造記者」というのは、嘘を書くのが平気な人ということで、ジャーナリズムの世界では、最大の侮蔑的な言葉です。

4 まとめ
植村隆さんが、「捏造」記者と報道されたのは、新聞記者として致命的な名誉毀損だと考えます。裁判所はこのことをご理解いただき、公正な裁判をして頂きますようお願いいたします。
以上 

■原寿雄さんの訃報(12月8日、共同電)

「デスク日記」や「ジャーナリズムの思想」の著者で、報道の在り方を問い続けた元共同通信社編集主幹のジャーナリスト、原寿雄(はら・としお)氏が11月30日午後6時5分、胸部大動脈瘤破裂のため神奈川県藤沢市の病院で死去した。92歳。神奈川県出身。葬儀・告別式は親族のみで行った。喪主は妻侃子(よしこ)さん。
東大を卒業。1949年に社団法人共同通信社に入り、社会部次長、バンコク支局長、外信部長、編集局長、専務理事、株式会社共同通信社社長を歴任。新聞労連副委員長や神奈川県公文書公開審査会会長、民放とNHKでつくる「放送と青少年に関する委員会」委員長なども務めた。


2017年11月23日木曜日

本人尋問期日が決定

札幌訴訟 

櫻井よしこ氏と植村氏の本人尋問
2018年3月23日(金)に決定

植村裁判札幌訴訟の進行協議が11月22日、札幌地裁で開かれ、原告植村隆氏と被告櫻井よしこ氏が出席する本人尋問(第11回口頭弁論)は2018年3月23日(金)に実施することになりました。
また、それに先立つ第10回口頭弁論(2月16日、開始時間未定)で行う証人尋問についても協議が行われましたが、結論は来年1月11日(木)に開く進行協議に持ち越されました。本人以外の証人の人選は、これまでに原告側は喜多義憲(元北海道新聞ソウル特派員)、吉方べき(言語心理学者)、田村信一(北星学園大学学長)の3氏を、被告側は西岡力(元東京基督教大学教授、東京訴訟の被告)、秦郁彦(歴史学者)の2氏をそれぞれ申請し、本人の陳述書もすでに提出されています。この日の協議で、岡山忠広裁判長は、「主尋問に対する反対尋問を必要とするかどうかで証人の採否を考える。学者は専門的知見を意見書として提出すればいいのではないか」との考えを示しました。この考えによると、証人は喜多氏以外は不採用となります。被告側は強く反対しました。そのため、裁判長は協議をつづけることにしました。

<以上は、同日夜に開かれた植村裁判報告集会で小野寺信勝弁護士(原告弁護団事務局長)が報告した内容の要約です>

11月22日報告集会

札幌訴訟の進行協議があった11月22日、報告集会が札幌市教育文化会館で午後6時半から開かれた。弁護団事務局長の小野寺信勝弁護士が証人尋問についての協議結果を報告した後、植村さんが韓国での3つのできごと(女子高での講演、日韓学生セミナー、ナヌムの家遺品館開所)をスライドを上映しながら語った。講演は、日本報道検証機構代表で弁護士の楊井人文さんが「フェイクニュース問題とは何か」と題して行い、誤報を検証し監視するファクトチェック組織が海外で大きく広がっている現状を紹介した。
楊井さんの講演と植村さんの報告の要旨は次の通り。

■楊井さんの講演
《フェイクニュース問題とは何か~「捏造」決めつけの背景に迫る》
ことしの流行語大賞の候補のひとつに「フェイクニュース」がなっているそうだ。フェイクニュースは偽装ニュースと訳されている。ウソのニュース、でっちあげ、などという意味でトランプ氏が使っている。単なる誤報ではなく、それを発信する側を非難する文脈で使われている。私には今もってよくわからないところがあり、フェイクニュースという語は極力使わないようにしている。
私は「誤報」問題をずっと扱ってきた。メディアが日々提供するニュースが正しいのかどうかは一般読者にはわからないことが多い。判断できるのはニュースの当事者か、専門家だ。私たちは誤報にさらされていることに気づかないでいた。日本のメディアには、訂正をしないという共通の病理がある。ニューヨークタイムスの訂正欄はいちばん目立つページにあり、毎日10本程度の詳しい訂正記事が載っている。
5年前に「GoHoo」というサイトを設立した。マスコミ誤報検証・報道被害救済サイトで、一般社団法人日本報道検証機構が運営している。これまでに700件あまりの指摘をしてきた。このようなサイトは日本にはひとつしかないが、海外では欧米、アフリカ、アジアで広がっている。現在136以上のサイトがあるといわれている。そこで使われているのは、ファクトチェックという言葉だ。私も、フェイクニュースではなくファクトチェックという言葉を使いたい。ファクトチェックとは、取材過程のチェックではない。見解・評価が正しいかどうかを判定することでもない。すでに発表された事実に関する言明の真偽・正確性を検証する活動だ。
ファクトチェックには人とお金も必要だが、まずネットワーク作りが必要だ。ことし7月、スペイン・マドリッドでファクトチェック国際会議「GlobalFact4」が開かれ、40カ国以上から約180人が参加した。この会議は、2015年に発足した国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)が主催している。私も参加した。印象に残ったのは女性が多いということだった。既存のメディアが男性支配であることの反映だろうか。韓国ではことし3月にソウル大学にファクトチェックセンターが開設され、大手新聞や公共放送16社が活動に共同参加している。ファクトチェックの取り組みは先進国では日本がいちばん遅れている.
私は6月にファクトチェックイニシアティブ(FIJ)を設立した。FIJは、10月の総選挙で政治家の発言や新聞の報道、ネット上に流れた言説などの情報を扱った。松井・大阪府知事の発言(大阪では教育無償化を実現している)、産経新聞の報道(立憲民主党の新党結成要件に衆院解散後の前職はカウントされない)など22件ある。松井知事はその後、言わなくなった。産経は訂正したが、ネット上で広がったままで、それを使う人がいたりした。私たちのこのプロジェクトは朝日新聞の一面でも紹介されたが、それは名古屋本社版だけだった(笑い)。
朝日新聞社は、森友・加計学園問題についての報道を「戦後最大級の報道犯罪」と書いている本の著者と出版社に対して抗議・訂正の申し入れを送り、同社のサイトで公開した(11月21日)。16カ所に及ぶ記述を事実誤認、名誉棄損とし、具体的に反論している。(同じようなことは)これまではほったらかしにして、まわりまわって蒸し返されたりした。その教訓だろうか、きちんと出すことはいことだし、重要だ。
ジャーナリズムでは捏造と盗用をすれば一発退場だ。ファクトチェックせずして、偽ニュースを語るなかれ。植村さんは捏造と決めつけられたが、捏造という決めつけ表現は、よほど慎重に調査してやらなければならない。安易に使ってはいけない。


■植村さんの報告《韓国2017秋》
カトリック大学のある地元、プチョン(富川)市の冨川女子高校に招かれて講演に行った。校舎に入ると階段に沿って「少女像」のポスターがたくさん掲示されていた。よく見ると有名な少女像の顔ではなく、生徒たちの顔であることに気がついた。生徒たちは慰安婦問題を自分自身のこととして重ね合わせて考えているのだ、ということがわかった。講演の後、記念撮影やサイン会で盛り上がった。約100人の生徒たちから送られた1冊の寄せ書きノートには、私へのメッセージや上手な似顔絵がびっしりと書かれていた。
ジャーナリストをめざしている学生たちが日本からやって来て、韓国の学生と交流するセミナーが開かれた。日本ジャーナリスト会議や新聞労連の有志が企画した催しで、私はコーディネーター役を務めた。11月1日から5日まで、ソウルの新聞社見学やソウル市長インタビュー、板門店取材などを行った。慰安婦だったハルモニ(おばさん)たちが暮らすナヌムの家も訪問し、つらい体験談に学生たちは耳を傾けた。日本からの参加学生は24人で、うち4人が中国人留学生だ。日中韓の若者たちが語り合う5日間のセミナーだった。このような交流から生まれるものに私は期待したい。
ナヌムの家に遺品館が作られ、11月18日に開所式が行われた。ナヌムの家で亡くなったハルモニの思い出の品や似顔絵が展示されている。アンネ・フランクは日記を残すことができた。日記を残さないハルモニたちは、ここで、みなアンネになった。慰安婦の記憶が遠ざけられようとしているいま、こうして記憶をつないでいくことが大事だと思う。日本からもたくさんのボランティアが訪れていた。札幌から来た看護師さんはハルモニの身体をリフレクソロジーでマッサージして喜ばれていた。

楊井講演、植村報告とも、ブログ管理人H.Nがまとめました。文責はH.Nにあります>


2017年11月19日日曜日

解説マガジン発行!

大詰めの重要局面にさしかかった植村裁判のすべてを、わかりやすくまとめたマガジンタイプの「徹底解説本」ができました。11月22日に発行します。
東京、札幌両訴訟の争点を整理し、原告弁護団の法廷での迫真の弁論をつぶさにたどり、被告たちの主張の根拠が完全に崩れ落ちたことを明らかにする渾身のドキュメント集です。解説、記録、情報、資料をたっぷり収録しました。
【主な内容】Q&A植村裁判の争点、植村隆・意見陳述全文、東京・札幌訴訟の口頭弁論全傍聴記、弁護士と新聞記者による論考集「被告たちの主張は最初から破綻していた」、慰安婦報道をめぐる裁判、全国に広がる支援の輪と応援の声、訴状全文、ブックガイドほか。B5判、本文横組み60ページ、表紙カラー4ページ。頒価300円。

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表紙2、4ページ


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